「パフォーマンス」の訳語

2020年06月10日 16:43

「パフォーマンス」という言葉にはたくさんの意味があって、よく知られているのは演劇の上演や演技そのもののことでしょう。

「政治家のパフォーマンス」のように人目を引くための行為という意味もありますが、これは英語の使い方としては例外的なものだそうです。

品質保証の分野での「パフォーマンス」は《性能、実績、出来栄え》といった意味に用いられる重要なキーワードの一つですが、以前IAEAの標準類を翻訳する委員会の仕事で「パフォーマンス」の訳語を決めるときには私も随分と苦労してとりあえず「実績」としました。

ちなみに、最近、原子力施設の品質保証を規制する通称「品管規則」解釈の公布されている版では、パフォーマンスを示す指標のことを、「安全実績指標」としていますので、我々の判断も間違いではなかったことになります。

『JIS Q 9001:2008品質マネジメントシステム』では、「パフォーマンス」に相当する日本語が《成果を含む実施状況》となっていて、これも苦心の末の訳語に違いないのですが、残念ながら珍訳と言わざるを得ません。

この2008年版では原文は変わっておらず、訳語が変わっただけなのですが、私の同僚などは「《成果》という言葉が入ったから、成果を示すことが規制上要求されるのではないか…」と言って大変あせっていたことを思い出します。

一般に「パフォーマンス」のように多義的な言葉は、明治時代以降の慣例通りに二字熟語に翻訳することが困難です。

そのためもあってか、最近の『JIS Q 9001:2015』ではカタカナ英語で「パフォーマンス」と表記するようになりました。

このように多義的な言葉は無理に翻訳する必要はなく、むしろそのままで本質的な意味を理解して使用することが重要だと思います。

ちなみに、中国で仏典を漢語に訳すときに玄奘三蔵が定めた『五種不翻の説』によれば、多義を含む言葉は訳さず、《音写》にするとされていますから、JISの翻訳も近年ようやくあるべき姿に近づいたようで、とても喜ばしいですね。

余談ですが、般若心経の「般若」は、パーリ語(サンスクリット語の俗語)の「パンニャ」の音写なので、漢訳仏典では漢語に翻訳していないことになります。
日本語表現なら「パンニャ心経」でも間違っていませんが、なんだかありがたみが無いですね(笑)

今の原子力界の状況では、「パフォーマンスを示す指標をどうするか悩んでいるときに、余計な話をするんじゃない。ボーっと生きてんじゃないよ」、と言ってお叱りをうけそうなので雑談はこれくらいにしておきますが、前述のような流れを知っていると品質保証分野の理解に少しは役立つかと思います。

《P=B+R》という記号で表されるパフォーマンスの意味についてもいずれお話ししますので乞うご期待!    

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